おはな
梅雨入りて。
早いなぁ、まだ5月だぞ?
3月末に対面する予定だったダイヤモンドは、娘の喘息発作のため会えず。
後日遺骨を樹脂に埋め込んでいるネックレスを、代理店の方に預けた。
今はネックレスのトップになるため加工処理されていて、次に会う時は、ダイヤモンドと遺骨そのものが並んでいる。
先日、突然息子に聞かれた。
「お母さん、おじちゃんのネックレスずっと無いけれど、さみしくない?」
息子はおじちゃん、私の弟がもういないことはわかっていない。
そもそも、まだ死という概念がないのではないか。
ただ私が「おじちゃんネックレス」と教えたのを覚えていたようだ。
11月から3月まで、1度も外さなかった。
3歳なりに「寂しくないのかな」と慮ってくれるなんて、息子マヂヵワ。
昨年の今頃は実家にいて、弟の田植え機デビューを見守ったと思い出したので、写真を見返した。
そしたら、桜並木の写真。
弟の車の助手席から、桜並木が綺麗で写真を撮っていた。
助手席にいたということは…弟と2人だったようだ、息子と3人で出かけるとき、私は後ろに息子と並んでいるから。
何でだっけ。何を話したっけ。
どこにも書いてなくて、さみしい。
花なんて全然興味のない私だけれど、
息子も娘も「きれ〜」と言って足をとめたりする。
娘なんて、手で伝えてくれるこの愛らしさたるや。
このロンTは息子のお下がり。
弟が、『これ、ふみちゃんの雰囲気にピッタリ!』と即決してくれた、大切なロンT。
娘にもよく似合ってる。
この娘がお腹にいる頃は、弟と3人で散歩しているときに、息子はずっと黄色の花をツンツンしていた。
その横で、甥っ子を見守る弟。
足しか写ってないや。
いかに私にとって、弟が当たり前の存在で背景だったかがわかる。
そして弟の足しか写ってないのに、息子を見守っている様子が伝わる。
この黄色い花を見たのは8月。
『ふみちゃんタンポポだよ』と説明した弟。
8月にタンポポ咲くっけぇ???
というツッコミをせず、一緒になってタンポポタンポポ連呼していた私。
私は臨月妊婦というポンコツ頭だったから仕方ないとして(?)、そんな私と同レベルだった弟よ、少し花を学びなさい。
ゴッホのひまわりにしか、興味なかったのかい。
(好きだったのが、どの『ひまわり』かは、わからない)
未だに鮮明に思い出すなぁ、子供たちにメロメロになってる表情。
弟の写真はこれ以上増えることはなくて、
これから先、子供達の成長を感じるたびに「あぁ、この様子を知ることがないのか」と思って胸をチクチクさせながら喜ぶなんて。
残された人間が生きるのは、大変だ。
ただ、私は長く生きていくと決めた、弟の3倍は生きると決めた。
だから健康に、精神衛生に、交通安全に、一層気を遣っている。
先月、息子が散歩中に「お母さん、タンポポ、フワフワの綿毛ある!」とタンポポを摘んで、綿毛を吹き飛ばそうとした。
上手く吹き飛ばせない息子。
「お母さん、やって」と渡されたので、2回吹き飛ばしたところ、目眩がした。
健康全然ダメぇ。